プロフィール

平下治
平下治
1978年GISに出会い、翌1979年10月ビジネスGIS専門会社株式会社ジェー・ピー・エス設立、以後一貫してビジネス分野でのGISの運用コンサルタント業務に従事。民間のマーケティング現場での出店計画や既存店の活性化、メーカー等の販売促進計画等を手がける。

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GISマーケティングの株式会社JPS


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友人 アーカイブ

2008年11月14日

在日本セルビア大使復帰

コソヴォ承認で帰国されてセルビア大使が復帰

私の友人(少し馴れ馴れしいですが)イヴァン・ムルキッチ在日本セルビア大使が約8ヶ月ぶりに日本に帰ってこられました。早速、大使館を訪ねて会って来ました。

記憶に新しいと思いますが「ニコラ・テスラ銅像」建造計画に大きな支援を頂いた大使。6月28日の除幕式には出席頂けなかったのは大変残念でしたが完成したことを大変喜んで頂きました。

セルビアでは「日本にニコラ・テスラの銅像が完成し博物館に建てられた」のニュースがテレビ、ラジオ、新聞に大きく報道され、大変評判になったと言われていました。

「このことは今後も日本とセルビアが友好な関係を続ける上で大きな役割を果たすことに間違いない」
のコメントを頂き、大変光栄に感じました。
「これも協力頂いた皆様のお陰です」皆さんによろしく伝えて欲しいとおっしゃってました。

2008年11月 4日

20年振りに友人とコンタクト

佐渡島に戻った友人との再会を楽しみに

私は1979年㈱JPSを大阪で設立して7年目(1986年)に思い切って関東(鎌倉)に進出しました。
1年後の1987年、日本橋堀留町(現在も同じエリア)にワンルームマンションを借り、念願の東京事務所を開きました。

当時、全く仕事がなく、苦しかったとき多くの方に応援して頂きました。その中のお一人に安藤さんと言う方がいらっしゃいました。広告代理店にお勤めの課長で何かと仕事を作っていただきました。

暫くした時、突然「佐渡に帰ることになった」と言われて退職され帰郷されました。お礼もいえないままににまっておりました。その後、”佐渡テレビ”に勤務するようになったとの連絡を頂き毎年の年賀状だけは行き来しておりました。

その安藤さんがこの度独立されて”佐渡の名産品”など佐渡をPRする仕事を始めたとの連絡を受けました。そして、こんな立派な”佐渡真野の柿”沢山を送って頂きました。


私は11月14日新潟市内で「ビジネスGISコーディネータ研修」をにいがたGIS協議会の後援で開催することになっていましたので、早速この研修に参加してもらうことに致しました。

こんな経緯で旧友に会えることになりました。大変楽しみにしています。

佐渡についての"なんでも相談は是非「安藤さん」にしてあげてください。「平下の紹介」と言っていただければ出来る限りのサポートをしてくれる約束です。

ご紹介します。

安藤 義文さん(ad.MIXアドミックス)
〒953−1211 新潟県佐渡市中興乙1358−1 ラスールなかい205
tel:0259−63−2375
E-mail:yoshifumi@e-sadonet.tv
http://sado-umai.com

2011年7月 5日

野鳥の写真集

あの綾目義一さんがついに写真集を出版されました

以前、私のブログに多くの野鳥の写真を載せていました。最近ブログ自体をサボっていますので掲げていませんが今も素晴らしい写真を送り続けて戴いています。

友人たちで、是非「綾目義一野鳥写真集」を発行して下さいとお願いをしていたのですがなかなかその気になってもらえませんでした。
綾目さんは故郷の新聞”ほうふ日報”に3年前から「佐波川流域の野鳥たち」という記事を連載されていました。この度50回を迎えられたのを機に重い腰を上げられて友人たちの念願の写真集を発刊されました。(佐波川=故郷防府市を流れる一級河川=想い出深い川です)

素晴らしいの一言です。非売品なのが残念ですが皆様にも是非ご覧頂きたいと思います。

その一部を紹介いたしますhyoushi.jpg


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2010年9月 7日

友人の快挙

親友長井忠さんがセルビア・ベオグラードの名誉市民栄誉賞

前セルビア大使長井忠さんが世界の名立たる国家元首の仲間入りです。
本当に嬉しいことです。我が故郷の新聞記事をご覧下さい。

新聞記事が読みにくいので原文を打ち直しました。

前セルビア・モンテネグロ大使長井忠氏
ベオグラード名誉市民栄誉賞
8月20日ベオグラードで伝達式

 8月20日、ヨーロッパでは最古の都市として知られるセルビア共和国のベオグラード市公会堂で、防府市出身で、元セルビア・モンテネグロ大使長井忠氏(61歳・現在アメリカサンフランシスコ在)に名誉市民栄誉賞の伝達式典が行われた。
 同賞は、第2次大戦後の1974年、チトー大統領を首都ベオグラードの名誉市民とするために始まった栄誉あるもので、旧ユーゴではチトーの片腕だった将軍とカルデリ外務大臣の3人のみで、外国人では、第三世界の(いわゆる非同盟諸国)元首、ネルー、ナセル、カウンダ、シアヌーク等。
 共産主義諸国の金日成、ブレジネフ、華国鋒。西側では唯一ミテランフランス大統領、最近ではマンデーラ南アフリカ大統領という錚々たる顔ぶれ。
 もちろん、大使では、今回の長井さんが初めて、長井さんにわたる同国、同市の大きな貢献が認められたもので、今回、お願いして手記を寄稿いただいた。
【長井忠さんの手記】
 20箇月振りのベオグラード。寒いサンフランシスコからすると普通に暑い。懸案だったサヴァ川にかかるガゼラ橋の工事が始まっており、その渋滞の影響が他の橋の渋滞に影響し、町はますます暑苦しい雰囲気。でも、湿度は低く、木陰に入れば凌ぎ易いのはいつもの通り。
 歩行者天国に出ているアイスクリームの屋台が心なしか増えたよう。幹線を走る日本寄贈の黄色いバスが健在で、いかにもベオグラードに戻ってきたという感じがする。
 20日11時半、後任の角崎大使とともに、ジラス市長、アンティッチ市議会議長等と歓談の後、正午を少し回ったところで会場の市公会堂大ホールへ。ステージは各テレビ局とカメラマンが取り囲み、300人近い参列者の拍手を受けて入場。
 拍手が収まったところで、テレビ・スタジオB局のアナウンサーが「それではこれより、長井前大使への名誉市民賞授与式の実況中継を開始します。」と。発言をそのまま拾われてしまうと思うと、一寸緊張するが、仲良くしていたジェーリッチ副首相、ブレディッチ文化相等と目で挨拶を交わしているうちに何とか落ち着いてくる。
 各国大使も出席しているので英語の通訳があるとのことで、セルビア語で挨拶。ひと段落ごとに通訳が始まる前に暖かい拍手をいただいた。受賞した「名誉市民賞」は、色とりどりの装飾文字で手書き、立派な皮の装丁で、想像を絶する大きさ(折りたたんだ状態で70センチ四方。)。市長が「キリル文字で申し訳ない。」というので「それ位は読めますよ。それよりも、これを持ち帰るためには大きいかばんを買わなければ。」と思わず冗談を言ってしまう。(添付の写真で、笑っているのは、今話しをしていたからだと思う。)
 出発の朝、町であった人に「かばんを買いましたか?」と質問される。ちゃんと「実況中継」を見ていたようだ。