プロフィール

平下治
平下治
1978年GISに出会い、翌1979年10月ビジネスGIS専門会社株式会社ジェー・ピー・エス設立、以後一貫してビジネス分野でのGISの運用コンサルタント業務に従事。民間のマーケティング現場での出店計画や既存店の活性化、メーカー等の販売促進計画等を手がける。

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GISマーケティングの株式会社JPS


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2012年8月 アーカイブ

2012年8月27日

日本のコンビ二エンスストア

東日本はコンビニ文化

全国に約45000店のコンビニエンスストア(以下コンビニという)があります。2012年6月時点のコンビニに関する統計を日本フランチャイズチェーン協会が発表しています。

それによりますと
・店舗数       45.429店
・総売り上げ  約7.447億円
・延利用者数  約12億5千人
・客単価      597.2円
となっています。

つまり、
・国民の約2.700人に1軒の割合でコンビニがある
・コンビニ1軒あたり1ヶ月約1.600万円売上げ
・コンビニ1軒あたり1日約53万円売上げ
・国民1人あたり1ヶ月に約10回コンビニで買い物をしている
・国民一人当たり1ヶ月に平均約6.000円を使っている
ということになります。

人口10.000万人あたりのコンビニ店舗数を地図にして見ました。
赤で示されるエリアはコンビニが多く、青色で示されるエリアは少ないことを意味しています。
中部地域から関東一円、と北海道は多く、関西以西の西日本では少なく、その差が歴然です。
1位は東京の5.2軒、2位は北海道の5.0軒、3位は宮城の4.5軒、以下4位茨城(4.5軒)、5位愛知(4.3軒)、6位山梨(4.3軒)、7位富山(4.1軒)、8位群馬(4.1軒)、9位静岡(3.9軒)、10位千葉・神奈川(3.8軒)とベスト10は全て中部以東に集中しています。
一方少ない県は47位奈良(2.5軒)、46位和歌山(2.6軒)、45位長崎(2.8軒)、44位高知(2.8軒)、43位兵庫(3.0軒)と全て西日本に集中しています。

逆に、1店舗あたりの人口で言いえば、15年,16年前のコンビニ出店ラッシュ時では人口3.000人で1軒のコンビニが成り立つといわれていました。その後のコンビニのサービス向上によって現在では全国平均2.700人と約10%減っています。
東京(1.938人)、北海道(1985人)と2000人を切る地域もあります。それだけコンビニ利用者が多いことを意味しますが、おそらく、東京の場合は昼間人口が多い、つまり、勤務地の近所での利用者が多いことが考えられます。しかし、北海道の場合は東京とは異なり、全域にコンビニ以外のお店が少ないため、コンビニの出店によって買い物が便利になったことで利用者が増加したと考えられます。
一方、コンビニが少ないエリア、言い換えれば1店舗あたりの人口が多いエリアは奈良(3940人)、和歌山(3870人)です。東京、北海道の2倍強もの人口です。コンビニ利用者が少ないということになります。

こうして、データマップで見ると日本のコンビニ文化は”東高西低”であることが一目瞭然です。

2012年8月15日

私のゴルフ人生60年

私とゴルフとの出会い            

先ずは、日本のゴルフ場はいつから?日本にゴルフ場が誕生して110年
1903年(明治36年)5月24日、日本に初めてのゴルフ場、神戸ゴルフクラブが兵庫県の六甲山にオープンしました。2番目はその10年後の1913年(大正2年)にオープンした長崎県の雲仙ゴルフクラブです。ということは、100年前に日本に存在していたゴルフ場は僅かこの2ヶ所だけです。
 また、関東地域に初めてのゴルフ場は皆さんもよくご存知の東京ゴルフクラブです。開場したのは1914年(大正3年)の6月1日です。したがってあと1年で100周年を向かえることになるはずです。

日本のゴルフ場開場トップ30
そして、その後の日本に30箇所のゴルフ場が出来るまでにはなんと50年もの年月を要しています。勿論、この間には第二次世界大戦が勃発したため1937年から1948年の11年間のブランクはありますがそれを差し引いても40年もの時間が掛かっています。
この30コースはそのほとんどが名門といわれ、今でも全国のゴルファーの憧れのコースです。主なコースをご紹介しましょう。
■関西地域 10コース
神戸ゴルフ倶楽部(兵庫1903年)、垂水ゴルフ倶楽部(兵庫1920年)、鳴尾ゴルフ倶楽部(兵庫1920年)、茨木カントリークラブ(大阪1925年)、三田ゴルフクラブ(兵庫1930年)、廣野ゴルフ倶楽部(兵庫)、大阪ゴルフクラブ(大阪1937年)、京都ゴルフ倶楽部上加茂(京都1948年)
■関東地域 6コース
東京ゴルフ倶楽部(埼玉1914年)、程ヶ谷カントリークラブ(神奈川1922年)、霞ヶ関カントリークラブ(埼玉1929年)、我孫子ゴルフ倶楽部(千葉1930年)、相模カントリークラブ(神奈川1931年)、小金井カントリークラブ(東京1937年)
■九州地域 6コース
雲仙ゴルフクラブ(長崎1913年)、門司ゴルフ倶楽部(福岡1934年)、唐津ゴルフ倶楽部(佐賀1937年)、熊本ゴルフ倶楽部(熊本1952年)、福岡カントリークラブ(福岡1952年)、古賀ゴルフクラブ(福岡1952年)
■北海道 3コース
函館ゴルフ倶楽部(北海道1927年)、小樽カントリー倶楽部(北海道1928年)、室蘭ゴルフ倶楽部(北海道1930年)
■中国地域 3コース
岡山霞ゴルフ倶楽部(岡山1930年)、山口カントリー倶楽部(山口1952年)、広島ゴルフ倶楽部(広島1952年)
■その他 3コース
旧軽井沢ゴルフクラブ(長野1919年)、飯田カントリークラブ(長野1928年)、伊東ゴルフ倶楽部(静岡1948年)

日本のゴルフ場数
そして、1953年30番目のゴルフ場として開場した福岡の古賀ゴルフクラブ以後、それまでと同じ50年間で約2400コースが誕生したのです。

私とゴルフ場の出会い
私が小学校2年生の時、引越してきた家の裏山(長州藩毛利家所有地)で大掛かりな工事が行われていました。何が出来るのだろうと父に聞きましたところ「ここにゴルフ場が出来る」と教えてくれました。「ゴルフって何?」、「紳士のスポーツで大人の社交の場だよ」、「へぇー?」。それから1年半後(1952年7月11日会場)に山口カントリー倶楽部が日本で26番目のゴルフ場として誕生しました。
当時、国が定めた法律で旧藩主といえども所有する土地や建物に固定資産税を課することになり、毛利家が所有する山も対象となります。そこで、当時、市の助役をしていた父がこの山にゴルフ場を造り収入を得ようと提案したのだそうです。戦時中、医者としてジャワ島にいた時、イギリス人の医者からゴルフを教えてもらって、これは面白いいつか日本でもプレーをしたいと考えていたようです。またとない機会だと地元の説得に奔走したそうです。大変な苦労は有ったそうですが地元の皆さんの理解を得て何とか開場に漕ぎ着けたと聞きました。

そんな縁で、私が小学校4年生の時、父の手解きでゴルフを始めました。当時は当然、練習場もありません。いきなりコースで父にもらった何本かのクラブで“草ゴルフ”を始めたのです。父はプレーよりコース内でのルールやマナーに厳しく、徹底的に叩き込まれました。午後になるとほとんどお客さんはいません。私たち、近所の仲間で、3,4人でほぼ毎日のように“草ゴルフ”をして楽しんでいました。ゴルフ場関係者も、特に、私たちを咎める事も無く自由に遊ばせてくれていました。大らかな時代でした。
この当時の仲間から、後にプロになった者もいましたし、全日本ジュニャーチャンピオンになった者もいました。こうして私のゴルフ人生が始まりました。そして、今年の夏で60年目を迎えました。

これからの目標は私が始めた26番目の山口カントリー倶楽部より前に開場していた25のコースを全てラウンドすることです。既に、10コースでは経験していますのであと15コースです。
ゴルフを通じて知り合った全国の仲間の協力をもらいながら残りのコースをラウンドすること夢見ています。